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 [2166] 朝のゴミ出し
elbe14[Mozilla]  2012/04/16 08:32:14   [削除]
 というのは大切な行為だと思う。わたしの家の場合玄関から50mぐらいを徒歩で集積場所まであるが、そのあいだ、めったに会わない隣のばあさん、クリーニング屋のおやじ、まず顔を見ない向かいのマンションのあんちゃんねえちゃんとも会うことができる。頭を軽く下げるやつ、知らん振りするやつ、声かけてくる軽いやつ、いろいろ人間ウォッチングできる機会なのだ。

暖かくなったのでゴミをためないように心がけます。
 [2165] 汚い言葉を使うので
elbe14[Mozilla]  2012/04/08 09:18:44   [削除]
 お断りしておきますが、今朝の何系だか分かりませんが、民放のテレビで朝鮮半島出身のスポーツ評論家が、甲子園春大会の東北代表準優勝を評して、「(東北代表は)地元が少ないからね。云々」
 つまり大意は、東北代表の準優勝にけちをつけていたと言えるのです。
 半島出身で差別を受けたものこそいえる東北蔑視だとわたしは受け止めています。このチャンコロやろうめ!
すこしはせいせいしたかな?
昭和46年の夏大会準優勝の磐城高校は地元100%である。よく調べてから物言えよ!たく。
 [2164] 避難なさっている方々に叱られるお話だが
elbe14[Mozilla]  2012/03/29 21:59:42   [削除]
 理想論と思って読んでくださいね。
つまり、緊急避難地帯(帰還できる見込みの付かない場所)の自治体の成り行きであるが、何か彼ら首長はじめ職員まで、まず住民でなく自分たち自治体ありきの考え方で物事を処理、また考えているようだ。だからことが進まない。住民(避難民)も納得しないのではないだろうか?自治体も結論を出せないから住民もいつまでも待ちの姿勢でいるしかない。若い将来のある人たちは見切りをつけて出て行ってしまう。この動きは加速度的に増えるはずである。
自治体は一度解散し、住民は避難した自治体に転入するべきなのだ。引継ぎ期間を設ければそんなに難しいことではないはずだ。そうすることで心理的にもつらいことであるが、選択肢ははっきり示されるはず。

そうでなければ税収も得られていない自治体が存続すること自体、果たしてそれでいいのか?という疑問が沸くのはわたしだけでないはずだ。民間ならもう結論は出ている。自治体とていつまでもコストだけ無限にかけられるものではないのだ。仮の町構想はあきらかに自治体優先の考えであり、まったく無意味なことである。
まあきつい話でしたね。
 [2162] 他言無用の場所へ
elbe14[Mozilla]  2012/03/27 14:12:01   [削除]
 行ってきたと思ってください。空港で探知機を通る際、わたしはここぞとばかり例の「身体障害者手帳」を助さん角さんがよくやるところの葵のご紋の印籠よろしく検査官に振りかざした。そしたらていねいにこの機械は最新式で心配は無用ですとのたまった。
一瞬逡巡するわたしだが、日本なら大丈夫と合点してゲートをくぐり、事なきを得た。
 問題だったのは国外でのことである。国名は避けるが、ここではそんなことは言われず、なんと別室へ連れて行かれ(連行された)そこで係官に触診されてOKとなった。そしてなんと手帳の末尾にサインをしたのである!何の意味があるのか分からないが、パスポートとカン違いしてない?
でも誠実そうな彼の態度、好感が持てたなあ。空港、国の玄関の職員さんの態度でその国の印象もガラッと変わるからげんきんなものである。
 [2161] ペリーヌ物語にはまる!
elbe14[Mozilla]  2012/03/27 13:35:03   [削除]
若かりしころ、赴任先の現場事務所の小さなテレビでたしか15分のアニメとしてやっていた番組だが、さいきんBSで劇場用を放映したのをたまたま目にした。
 「小公子」「小公女」などと同列の作品なのだろうが、このアニメは脚本が素晴らしく、日本製のアニメとして原作をはるかにしのぐできのはず。

単なるお涙頂戴の、母を旅路に失い、数々の困難を越えて夢にまで見た父と邂逅すると言う筋はいまさらのものだが、主人公ペリーヌ周囲の人物描写がまた凄いのである。彼女がパリを離れ、大工場主(実の祖父)に身分を隠して英語通訳として雇用された辺りから、年老いた経営者から工場の跡継ぎになるべく、工場長や甥が暗躍する様、それに巻き込まれるペリーヌの葛藤、また祖父がペリーヌの母を憎む理由など、物語は息もつがせない(わたしだけ?)展開を見せていくのだ。

DVDになっていたら借りてこようと思います。
 [2160] 山形からの通勤?
elbe14[Mozilla]  2012/03/27 09:26:27   [削除]
 CAPTAINさんのFACEBOOKからだが、福島市長が放射能禍のために山形に避難してそこから公用車で通っている、ということを神戸大教授が講演の一部で発言したとのことだ。
この手の話は郡山の市長が主人公としてそっくりすげ替えた話が寿司屋あたりでの噂話としても伝わっている。ということはまったくのデマ話と断定してもいいのだろうが、それにしてもこのような話を大学の教授なるものが、そんなにかんたんに講演の中で口にしてもいいものだろうかという疑問がまず沸く。
いやしくも大学の教授たるもの、噂話などを頭から信じて口にしたわけではないだろうから、よほど神戸のあたりではまことの話として伝わっているのだろう。それは図らずも東北蔑視の意識が底流としてあるはずである。

この教授は良心的に福島県の子供たちの放射線被爆を政府の20マイクロシーベルト/年から1マイクロシーベルトまで下げるよう国に提言していた人物である。なので悪意、蔑視があったとは言いがたいが、福島市長が山形から公用車で通勤しているとの情報を確認もせずに口にしたということは、その情報源を確かなものと信じさせた何かが神戸周辺にはあるのだろう。

噂話とは恐ろしいもんではあるな。福島市長が、郡山市長が、トの話はどんどん広がって福島県の首長のほとんどが山形から通っている?ことになっているのかも・・・
 [2159] ものわかり
elbe14[Mozilla]  2012/03/25 06:43:55   [削除]
 のいいところというか、あっさりとそんなもんかと認めてしまうところがある。福島県のアホさかげんをがまんできないと日ごろ中傷誹謗しているのだが、若手の市会議員あたりが原発反対!なんてやっているのを見てこいつら先のことまで考えてるのかなあ?わたしには40年前の社会党と言う政党の何でも反対社会党、まだ全学連の安保反対とだぶってくるのだが・・・

まあ完全に廃棄解体できるもんではないだろうな、なんて納得してしまう。波力発電だとか風力だとかオプションはあるだろうが、技術力がまだ伴わないようだ。いまのところはだましだまし使っていくしかないのではないかなんて結論を出してしまう。
 [2157] 会津士魂3
elbe14[Mozilla]  2012/03/17 22:05:12   [削除]
 3巻はいよいよ鳥羽伏見の戦いである。ここでも会津は至誠一途、明治天皇を玉と称して擁した薩長土肥を卑怯と断じて作者ははばからない。西欧の唯物主義の考えを夷国から吹き込まれた薩長土肥は獣性甚だしき野獣のごとく、会津は徳川と言う主家に殉ずる覚悟を持った明晰かつ尊重すべき思想である、としている。

卑怯にも幼少の明治天皇を玉として擁した官軍に対し、会津は朝敵となったのだが、諜報活動など唾棄すべきものとして怠っていた会津は気づかず、のんきに門を閉ざした薩摩兵に向かって開けろあけないの談判をして、人のいいことに、Uターンしている。
薩長土肥が徳川親藩3軍を相手に一戦交える覚悟でいたものを誰一人気づかずにいたことは、精強無比といわれた会津藩の武士団のなかにその殺気を感じるやつはいなかったものと思われる。要するに戦意がなく、踏み破って門をこじ開けると言う気構えがなかったのだろう。
早乙女氏の著述によると、とにかく会津藩は戦闘を遠ざけるように行動してた。報告に戻らねばといったん薩摩の陣から引いたり、相手の大砲が火を噴いたにもかかわらず、反撃の許可をわざわざ後方まで伺いに行き、貴重な機会を失った。

薩長土肥はとにかく会津武士が軽蔑したところの一刀切り(敵の懐に飛び込んで真正面から切り下げる剣法で、相手にかわされたら次の手がなく、切られるしかない)で、この方が実戦に強かったのではないだろうか?会津をはじめ、桑名,尾張の兵たちの剣法はやたら形式とか作法にやかましくて実戦的ではなかったようだ。

なんでもかんでも上の許可を得たがる癖は、現代の東北人に通ずるものだろう。奸計に長けた関西人を気持ちの上では軽蔑し、実際は畏れているという心理は理解できる。たぶん、わたしが関西の大手電気メーカーに出向いて工場の新たな建設の打ち合わせをしたときに感じたフィーリングは当時とそんなに変わらないはずである。

早乙女氏の作品に散々けちをつけているが、彼の筆致は精密で、軍事知識も半端でなく、分かりやすい文章で描いているから、いわゆるきわものとは異なる。彼の代表作となる資格は充分だ。
 [2156] 擬似そううつその参
elbe14[Mozilla]  2012/03/15 07:40:26   [削除]
 順序ばらばらだが、2154の続きである。自称そううつと診断されている人と会い、いろいろ質問をした。

○あなたは自己過信しているのでは?
だから他人から外圧を受けたとき、落ち込むマージンは通常人自己過信していない人)よりおおきいのだ。だからうつ状態が発生するのでは?
○そのあと強烈な自己嫌悪に襲われるのは正常な心理である。いつまでもくよくよしないのが通常人、それが薬で抑えられるとしたら、副作用がないとしたら薬としては最高のものである。

○あなたは自分を冷静に見つめる必要がある。自分がどのスタンスにあるのか?第三者に評価してもらうことも大切、そのような信頼できる人をつくることだ。夫婦関係はその最も重要な人間関係で、諸刃の剣になる可能性が充分あり、わたしは奨めない。ニュートラルな関係の友人をたくさん作っておくことだ。友人たちに決して負担をさせず、深追いもせず、友情の押し売りなどしなければあなたは健全な人間関係を保てるだろう。

○自己変身願望、または上昇志向のたかいひとほど葛藤して悩んで一進1退しながら進むのが人間であり、それを他人から強制されるものではない。励まされる必要はない。励まされればそれは重荷となり決していい関係を生むものではない。最後は自分ひとりしかあてにならないのだということを自覚すべきなのである。

ここまで説明したらつきが落ちたようになって帰っていった?わたし精神科医になれるかもな。
 [2155] わたしが県庁移転を手伝った経緯その壱
elbe14[Mozilla]  2012/03/15 07:27:19   [削除]
 そろそろ記録しておかないとこの運動がどう変わるかもしれないから、不明になるのを防ぐために経緯を記しておこう。
YBrothersは兄弟ともわたしの仕事でのクライアントであり、それぞれつきあいがあった。現役時代からあちこちに県庁移転の看板が設置されているのを見て、そのうち連絡してみようと思っていたのだが、それはひょんなところから実現した。退職後にネットから調べた看板の持ち主が判明し、その電話番号にわたしが連絡をしてからである。
やがてY兄のほうから電話が来て、事務所開きをしたので手伝ってくれとの連絡があったのは地震前の2010年末である。
事務所は風除室とのことで、簡単な机いくつかと電話ファックスが置かれて小規模なものだった。わたしは兄のほうから、ぜひパソコンでホームページを作ってもらいたいとの依頼なので、彼と一緒に電気屋を回り、標準的な一式を選ばせて大晦日の日に事務所で作業してにわか仕立てで完成させたのがこのページである。
紹介されたメンバーはほとんどがわたしよりも年上だが、パソコンできるのは皆無、せいぜいワープロぐらいできるのが一人、メールをできるのが一人いるぐらいだった。しかももらった名刺のアドレスが一字誤植しており、それに気づかないでいた程度である。

ほとんどが県や市の退職役人で、年金はたっぷりもらっているやからの集団であった。Y弟の言うには、県庁移転なんて反対する理由もないから、3ヶ月できまるから春ぐらいまで手伝ってくださいとのことだった。
やっていることは。兄者のほうは私的に数年前(平成17年)から資材を投じてあちこちの賛同者をみつけては幹線道路の脇に無償の土地を借り受けて看板を出すと言うことをこつこつとやっていた人なのだ。当ページの『沿革』に詳しく写真が出ている。土地が無償としても・看板の資材費、建設費、諸経費など考えれば県内数十箇所におよぶその大小看板は県民の目に留まるものとなり、今では県北の議員が議会でいったい誰が立てたのか?などと質問されるぐらいまでになったのである。
また自費でワゴン車の鉢巻看板を作り、街宣車として会津方面を巡回もした実行の人なのである。
彼が弟を県会議員に当選させようと動いたのは事実でもあるから、兄弟非常にうらやむほどの仲で、毛利三兄弟の三本の矢を髣髴させる故事が郡山にもあるのだと思ったのである。

舎弟(このあたりでは訛ってシャデ、シャデエ。シャデイといろいろだが、最初は何のことかと意味不明であった。さてわたしは事務所の壁に張られた大玉村や小野町の議会が県庁移転を決議して行く新聞記事のコピーを見て、これは本当に実現する可能性は充分と思った。
その後いろいろな商工会関係や団体関係者や退職者たちが入れ替わり現れるようになって会議も何度か行なわれ、いよいよ本決まりになるかと思われたのである。少なくとも郡山を中心として、県南、田村、いわきは万全と思えた。
われわれはすべてヴォランティアで事務所に輪番で詰め、電話を取ったり、取次ぎなどしていたのだ。
Y弟は元県会議長であるから、その人脈を生かして次々と各地区の実力者を一本釣り、われわれが作った県庁移転シミュレーションの地図や、自作の福島県庁がなぜあのような不便なところに置かれたかというA4程度の文書を持ち歩いて自治体や団体関係者に啓蒙して歩き回ったのだ。同行したわれわれはそのおかげで現職時代話をしたこともない現首長や議長に会って話ができたのである。これはわたしにとって大きな勉強であった。
しかし兄者はまた少しベクトルの違う方向で県庁移転の啓蒙をしていたようである。彼は弟がもともとのお仲間の政治家、首長たちをといて回るのが得意だが、そのために余り過激なことは言葉としては少ない。
反面兄者のほうは、自分で資材を投じて県内に看板を出すほどの気の入れようで、弟のやることを手ぬるいとか甘いと叱咤激励していた。じっさいに弟が政治家たちを中心に啓蒙運動すれば、それは自然と常識的なものになり、お仲間を増やすには最もいい方法ではあるのだ。しかし反対派、または無党派を説得するほうではなかったようだ。
兄者のほうは、余りうまくはない文章だが、熱烈な啓蒙文を自ら立ち上げて各方面に配り、熱弁をふるうほどのやりかたであった。それは各種団体との人脈を生かして次々と枝葉を増やしていくやり方で、既存の人脈を掘り下げていく弟のやり方とは温度差があった。でもわたしはそれは異なるベクトルではあるが、到達点はおなじ、道順が違っても開拓される人脈はそれぞれに広がるはず、もっとも好ましいことであった。
兄が看板を出し、民間から賛成者を探し出してくる。弟は現役首長や議員とロビーイングして県庁移転をドンドンひろげていった。われわれは県内のほとんどの自治体をまわり、色よい意見ばかりかえってきていたのだ。

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