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 ケーニヒスドルフ伯の紋章[返信]
[1] みかと@管理人[PC]  2007/05/21(月) 22:37   [削除]
 Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.17; Mac_PowerPC)
ドイツのケーニヒスドルフ伯の紋章です。

ケーニヒスドルフ家は18世紀の末に伯の地位を得たそうです。
組まれている紋章や家系の詳細はまだ調べておりませんが、神聖ローマ帝国の帝国等族リストには名前が見つからないことから、歴史のある領主家ではなく、新興の貴族家のようです。
紋章の第二と第三クォーター(向かって右上と左下)は、スウェーデンの紋章と同じなのですが、これの由来がきになるところです。
 [14] フェリペ2世の結婚紋章
みかと@管理人[PC]  2010/02/09(火) 20:51   [削除]
 Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.17; Mac_PowerPC)
スペイン王フェリペ2世の紋章です。4番目の妃となったアンナとの結婚紋章で、盾を縦に二分して、向かって左にスペイン、向かって右にオーストリア(ハンガリー、ボヘミア、オーストリア)の紋章を組んでいます。
アンナは神聖ローマ皇帝マクシミリアン2世の長女なので、フェリペ2世はいとこの娘と結婚したことになりす。アンナとフェリペ2世とは22歳の年齢差がありましたが、フェリペ3世ほか5人の子供が生まれました。
 [13] マリー・ド・メディシスの紋章
みかと@管理人[PC]  2009/11/24(火) 22:54   [削除]
 Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.17; Mac_PowerPC)
フランス王アンリ4世の2度目の妃で、息子ルイ13世の摂政を務めたマリーの紋章です。マリーはメディチ家の出身で、彼女をモチーフにしたルーベンスの連作が有名です。また、権力欲も強かったらしく、息子が成人しても摂政を退きませんでした。それで息子に追放されると王に対する叛乱を企てました。後に許されて国政に参与するも、リシュリューとの権力争いに敗れてついには亡命。諸国を渡り歩いて生涯を終えました。
彼女の紋章は、縦分割した盾地にフランスとメディチ家の紋章を組んだものの他に、紋章の右半分がメディチとオーストリアをX字に組んだものがあります。
右半分がメディチとオーストリアの紋章がいつから用いられたか確認しておりませんが、摂政をしていた時期には使われていました。オーストリアの紋章は、マリーの母ヨハンナが皇帝フェルディナント1世の末娘なので、おそらくその血縁からだと思います。
マリーは摂政時代、夫アンリ4世が積み重ねてきた対ハプスブルク政策を放棄しました。この紋章を見ると、なんとなく納得できそうな気がしてきます。
 [12] ヴァレンシュタイン(ヴァルトシュタイン)の紋章
みかと@管理人[PC]  2008/11/21(金) 20:53   [削除]
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三十年戦争で活躍した皇帝軍の将軍ヴァレンシュタインの紋章です。金地に青色のライオンと青地に金色のライオンをX字に組んでいます。これは、ヴァルトシュタイン家一族の紋章で、ヴァレンシュタインの親や兄弟、一族は全員ヴァルトシュタインを名乗っていました。
ヴァルトシュタイン家は2系統あって、ヴァレンシュタインは弟脈の家系の出身です。彼が1628年にメクレンブルク=ギュッツロー公になると、一族は伯に昇爵しました。
ヴェレンシュタインは神聖ローマ帝国の陪臣身分でありながら、いきなり帝国諸侯の座に就いたため、大きな反感を買い、それが失脚の原因の一つになったといわれます。しかし、三十年戦争終結後にヴァルトシュタイン家は帝国等族(帝国直属身分)となり、三十年戦争で共に戦ったティリー家と共に、帝国議会のシュヴァーベン伯部会に議席を持ちました。
ヴァルトシュタイン家の紋章には帝国の双頭の鷲が下賜紋として 描かれています。経緯について調べておりませんが、おそらく、帝国等族となった時に加えられたものと思います。
 [11] シラーの紋章
みかと@管理人[PC]  2008/07/12(土) 22:26   [削除]
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ドイツの劇作家シラー(1759-1804)の紋章です。盾を二分割して、上半分には銀色のユニコーンの半身が描かれています。クレストも半身のユニコーンです。金地に銀色では彩色違反なのですが、許容されたようです。

シラーについてあらためて説明するまでもありませんが、1794年から始まったゲーテとの交友は、ドイツ古典主義運動を生みました。彼の『ヴァレンシュタイン』はゲーテの『ファウスト』と共にドイツ古典主義の代表作とされています。

ユニコーンは、イギリス王の紋章の盾持ち(本来はスコットランド王の盾持ち)に登場することもあって、ポピュラーなモチーフかなと思ったら、意外なことに、君主クラスの貴族の紋章には見あたりませんでした。かっこいいのに何で使わなかったのかな、なんて考えるのは現代人の感覚なのでしょうか(苦笑
 [10] ガレン枢機卿
みかと@管理人[PC]  2008/03/22(土) 22:33   [削除]
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掲載カテゴリーはあるものの、お蔵入りにしたのでこちらに。
ミュンスター司教クレーメンス・アウグスト(在位1933-1946)の紋章です。
司教の紋章の中央に、実家ガレン伯家の紋章を置いています。金地に赤色の鍵爪のような図形(オオカミ猟の罠)がガレン家の紋章です。ジープマッハーの紋章図鑑を見ると、色違いの紋章を使っているガレン家もあります。家系ごとに違いを出しているのでしょうか。
彼の紋章は、盾の下にモットー「NEC LAUDIBUS NEC TIMORE」を刻んだ巻物を描くのが正式で、司教を表す緑色の司教帽と飾り房は、死の直前には緋色の枢機卿帽に変えられました。
彼の経歴についてよくは知りませんが、本国ドイツでは伝記が出版されていたり、彼の名前を冠した施設があったりしまして、大きな業績を残した人物のようです。死の直前には枢機卿に叙せられています。

なお、彼と同じガレン伯家出身者では、17世紀半ばにミュンスター司教になったクリストフ・ベルンハルトが著名です。彼は世俗諸侯をしのぐ強大な司教軍を保有し、オランダ戦争にも参入しました。特に大砲が好きだったので、「大砲司教」とあだ名されたそうです。
 [9] コッペンシュタイン家の紋章
みかと@管理人[PC]  2008/03/14(金) 20:09   [削除]
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ドイツのラインラント州にあるコッペンシュタイン城に拠った一族の紋章です。同家は14世紀の半ばに、シュポンハイム=クロイツナハ伯家から分かれました。
紋章はシュポンハイム=クロイツナハの紋章に、赤地に銀色の鳥(カラス?)をカントン(左上隅四分の一の区画)で加えています。鳥の彩色ですが、銀色に塗られたものの他に、黒で描いた18世紀の銅版画もあります。赤地に黒では彩色違反となるため、銀色が正しい彩色だと思います。
本家のシュポンハイム家は15世紀に絶えてしまいますが、コッペンシュタイン家は今日まで続いているそうです。
 [8] ビスマルクの紋章
みかと@管理人[PC]  2008/03/02(日) 21:13   [削除]
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前の書き込みで名前を出したので。ドイツ帝国の建設者にして初代宰相のビスマルクの紋章です。
有名な「鉄血演説」や「飴とむち」政策をはじめ、内外政にたぐいまれな手腕を発揮したことで知られます。

ブレーゾンなど調べてはおりませんが、クローバーが意匠のようです。葉脈を書き込んだ図しか見ておりませんので、描くのが正式なのでしょうか。
リアルに葉脈を書き込むと、日本の三柏の家紋にとてもよく似てきます。西洋の紋章中に「和」を感じてしまうなんて、意外です(笑
 [7] フランケンシュタイン男爵
みかと@管理人[PC]  2008/02/09(土) 20:49   [削除]
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フランケンシュタインというと怪物を連想してしまいますが、怪物とは全く関係ない(笑)、同姓の貴族の紋章です。
名前を見ると、ドイツのフランケン地方の出身のように思ってしまいますが、家名の由来となったフランケンシュタイン城はフランケンではなくヘッセンにあるそうです。
フランケンシュタイン家は1670年に男爵位を得たそうで、一族からは、バンベルク、ヴュルツブルク、シュパイアーの各司教が出ています。
また、19世紀の政治家に、中央党のリーダーとして活躍したゲオルクがいます。彼は保護関税と増税による増収の一定額以上は、人口比率によって帝国の構成邦に分配すべきという、いわゆる「フランケンシュタイン条項」をビスマルクに認めさせたことで知られます。
 [6] イタリア、ポルデノーネの紋章二種
みかと@管理人[PC]  2007/11/24(土) 16:27   [削除]
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ポルデノーネはベネツィアの北東約65km、ピアベ川の支流沿いに位置する都市で、古代ローマ時代の都市ポルト・ナオニスが起源です。その名が示すように、古代ローマ時代は河港都市として発達しました。そういった歴史背景から、河港都市であることを表現する、開かれた門と川が紋章の意匠に採用されました。

左側は都市の紋章です。背後の赤地と銀色の帯はオーストリアの紋章で、これは神聖ローマ皇帝から都市権を与えられたことに由来します。門の両脇の王冠は、都市が司法・刑事裁判権を行使できることを表現しているそうです。

右側は、オーストリア大公の紋章に登場するマルク・ポルテナウ(ポルデノーネ)の紋章です。開かれた門という意匠は共通していますが、紋章下部は川から三つの丘に変更されています。海なし国オーストリアらしいといいますか、両者の違いがなんとなくおもしろく感じます。

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 聖ゲオルギウス勲章[返信]
[1] みかと@管理人[PC]  2008/02/02(土) 00:22   [削除]
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次回の更新のために、バイエルンの勲章を描き直しています。聖ゲオルギウス勲章のチェーン部分の下絵です。紋章のサイズに合わせて縮小すると、細部などわからなくなってしまうのですが、実物に近い形で描いてます。
聖ゲオルギウス勲章は、1729年に選帝侯カール・アルブレヒトによって設立されました。Militaerische Haus-Rotter-Orden といいますから、軍事関係の勲章のようです。

バイエルンの紋章には、他に、聖フベルトゥス騎士団章、マックス・ヨーゼフ軍功勲章、バイエルン王冠功労勲章が描き加えられます。聖フベルトゥス騎士団は1444年の聖フベルトゥスの祝日にユーリヒ=ベルク公によって創設され、他二者はそれぞれ1797年と1808年に制定されました。

聖フベルトゥス騎士団のHP(Textes のページに15世紀のユーリヒ=ベルク公の紋章や紋章図に描き込まれる騎士団章が掲載されています)
www.int-st-hubertus-orden.de/
 
 [20] オーク冠勲章
みかと@管理人[PC]  2009/10/04(日) 22:12   [削除]
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ルクセンブルク大公国の勲章(Ordre de la couronne de Chene)です。1841年に大公ギヨーム2世によって制定されました。ギヨーム2世(オランダ王ウィレム2世)はロシア皇女を妃としロシアの聖ゲオルギウス勲章を受勲しており、同勲章を参考にして制定されたと言われます。
当時ルクセンブルクはオランダ王の私有財産だったので、オーク冠勲章もオランダの勲章のような扱いでした。しかし、1890年にオランダとの同君が解消すると、この勲章はルクセンブルク独自の勲章とされ、オランダでは別の勲章が新設されました。

勲章は白色の先広十字で、中央のメダル部分には制定者ギヨーム2世の頭文字Wが王冠と共に描かれています。等級は最初4つで、後に5等級に改訂されました。Officerクラスについては十字の間を埋めるようにオークのリースが付属します。リボンは黄色で三本の濃緑のラインが入ります。ルクセンブルクの大紋章にもこの勲章が描かれます。
 [19] 白鷲勲章
みかと@管理人[PC]  2009/09/19(土) 12:09   [削除]
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ザクセン大公国の勲章です。1732年にザクセン=ヴァイマール公国の家章として制定され、1815年に大公国に昇格したのにあわせて改訂されました。
勲章はその名の通り白鷲があしらわれ、鷲の背後には8稜の緑色の十字と4つの赤い菱が組み合わせられています。十字も菱も、裏面は異なる色が使われています。
等級は5等級あり、軍事・非軍事の功労者に与えられました。なお、1870年からは軍事の功労者には、X字に交差した剣が加わったデザインの勲章が授けられました。

白鷲勲章の正式名称は「Hausorden der Wachsamkeit oder vom Weissen Falken」で、「用心あるいは白鷲勲章」と訳すのでしょうか?
 [18] グェルフェン勲章
みかと@管理人[PC]  2009/04/19(日) 21:51   [削除]
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イギリスとハノーファー王国の騎士勲章です。1815年、摂政王太子(のちのジョージ4世)によって制定されました。
1837年にイギリスとハノーファーの同君連合が解消すると、以後、イギリスではこの勲章の叙勲は行われなくなり、ハノーファー王国独自の勲章に変わりました。

勲章は中央のメダルにハノーファーの紋章でもあるザクセンの馬が描かれ、その周囲を「NEC ASPERA TERRENT(自身の力で恐怖をうち払えというような意味?)」の銘と、オークのリースが囲んでいます。また、十字架の間はライオンの飾りによって埋められています。ライオンの飾りはイギリスの勲章によく見られるデザインです。
銘文は一族のブラウンシュヴァイク公のモットーにもなっています。また、メダル部分にザクセンの馬を描いているのもブラウンシュヴァイクの勲章と共通しますが、ブラウンシュヴァイクのものはクレストを、グェルフェン勲章は王国の紋章を描いた別物です。ブラウンシュヴァイクの勲章はNo.6の投稿をご覧ください。

勲章は軍事と非軍事に大別され、軍事勲章は、勲章とリボンを結ぶ王冠型の留め具と十字の間に交差した剣の飾りがつきました。軍事非軍事とも三等級があり、リボンは水色です。最高等級の大十字勲章には頸飾もあって、歩き姿のライオンとモノグラムをチェーンで結んだ構成でした。
 [17] 聖イシュトヴァン勲章
みかと@管理人[PC]  2009/03/14(土) 18:25   [削除]
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ハンガリー王国の最高勲章です。
もともとはオーストリアのマリア・テレジア勲章のペンダントで、それをヨーゼフ2世がハンガリーの勲章に改訂しました。この勲章は、名前の通り、ハンガリーのイシュトヴァン聖王を守護聖人としています。
勲章本体の輪郭は、マリア・テレジア勲章とよく似ています。十字架の部分は緑色の七宝で、中央のメダルにはハンガリーの紋章と、マリア・テレジアのイニシャルMTが刻まれています。勲章とリボンを結ぶ金具は、聖イシュトヴァン王冠がデザインされています。

勲章は三等級あって、どの等級も赤いラインが入った緑色のリボンが使われます。最高等級の第十字勲章は、リボンの他にチェーン(頸飾というそうです)もあって、聖イシュトヴァン王冠とモノグラムのSSとMTが交互に繋がれました。SSは聖イシュトヴァンのラテン名「Sanctus Stephanus」を、MTはマリア・テレジアの略です。チェーンと勲章を繋ぐプレートは、オークのリースの中に鷲がデザインされています。
現物の頸飾を見たことはありませんが、模写を見ますと、モノグラムには細かな装飾がほどこされ、個々のパーツの隙間も花の彫刻で埋められています。ロココ時代ならではのデザインの勲章みたいです。

この勲章は、四代前からハンガリー貴族である人が叙勲対象でした。第一次大戦でハプスブルク家が王位を追われても勲章は残り、第二次大戦で王国が倒れるまで続きました。
 [16] マリア・テレジア勲章
みかと@管理人[PC]  2009/02/21(土) 22:38   [削除]
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オーストリアの勲章です。その名の通り、オーストリア女大公マリア・テレジアによって制定されました。
この勲章は1757年のコリーンの戦いで大勝利した記念に、軍事功労勲章として作られ、当初はマリア・テレジア軍事勲章(Militaer Maria Theresia Orden)と呼ばれ、後に「オーストリアの」の語が付け加えられました。
制定当時は等級が2つで、1765年に、オーストリア共治大公となったばかりの息子のヨーゼフ2世によって等級がひとつと、最高等級の大十字勲章保持者が胸に付ける星形のバッジが追加されました。

勲章は反りのある十字をかたどっていて、中央のメダルにはオーストリアの紋章があしらわれ、その周囲を「Fortitudini(勇敢さ)」の文字が囲んでいます。また、リボンも同じくオーストリアの紋章を連想させる、真ん中に白いラインが入った赤いリボンです。最高等級の勲章は肩からたすき掛けするタイプで、ヨーゼフ2世、レオポルト2世兄弟を描いた肖像画をはじめ多くの肖像画に描かれています。
紋章図でも、オーストリア帝国やオーストリア=ハンガリーの国章などに登場します。この勲章だけチェーンでなくリボンのため、紋章図ではとても目立っています。
 [15] 聖ヨセフ勲章
みかと@管理人[PC]  2009/02/20(金) 19:16   [削除]
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ヴュルツブルク大公国およびトスカーナ大公国の勲章です。
フィレンツェ共和国時代の1514年に制定された功労勲章が起源で、トスカーナ大公フェルディナンド3世がヴュルツブルク大公となった際に、大公国の勲章に採用しました。
勲章は6本の腕を持つ十字で、中央に縦長の楕円のメダルを持ちます。メダルには、「Similis ubiqe」の銘と、象徴である百合花を持った聖ヨセフ(キリストの義父)の像が刻まれていて、メダルの裏面には勲章を採用した年号の1807が刻まれています。1814年にトスカーナ大公国が再興されると、この勲章も同大公国に引き継がれました。
 [14] トスカーナ軍功勲章
みかと@管理人[PC]  2009/02/12(木) 21:55   [削除]
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トスカーナ大公国の軍事功労勲章です。勲章は1853年に大公レオポルド2世によって制定されました。
勲章は七宝製の5本腕の十字で、中央部分のメダルの外縁には、軍事的功績によってという意味の「Merite militare」の文字が刻まれています。また、中央には制定者のイニシャル、メダルの裏面には制定年の1853の数字が刻まれています。十字を囲んでいる装飾はオークの枝で、葉っぱの他に実も付いています。

ざっと見たところ、制定者のレオポルド2世の君主時代の紋章にはこの勲章は描かれていないようです。レオポルド2世の跡を継いだフェルディナンド4世(在位1859-1860)の紋章には、大公国がなくなってからですが描かれています。レオポルド2世は大公を退いた後、1870年まで存命でしたから、晩年の紋章には描かれたのではと推測します。
 [13] 聖ステファノ勲章
みかと@管理人[PC]  2009/02/10(火) 23:00   [削除]
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トスカーナ大公国の勲章です。
勲章は1561年にメディチ家のコジモ1世によって制定されました。
実物の勲章は、八稜の十字の間をおしべのついた百合花の装飾が埋めていますが、紋章図では百合花の装飾のないシンプルな形で描かれるようです。特に、ハプスブルク家の時代になると、勲章は紋章盾の背後に大きく描かれました。
 [12] ホーエンツォレルン勲章
みかと@管理人[PC]  2009/01/21(水) 20:23   [削除]
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シュヴァーベン系ホーエンツォレルン家の家章(Fuerstlich Hohenzollerischer Hausorden / Princely Haus Order of Hohenzollern)です。1841年に、ヘヒンゲン侯フリードリヒ・ヴィルヘルムとジークマリンゲン侯カール・アントンによって制定されました。
勲章の中央のメダル部分にはホーエンツォレルンの紋章とモットーが、また、裏側のメダル部分には制定者のイニシャル(モノグラム)と制定日が刻まれています。勲章のリボンは白地に黒のラインが3本入ったデザインで、侯国の国旗をイメージさせる色遣いです。
ヘヒンゲン及びジークマリンゲンは1848年に主権を親戚のプロイセンに移譲して国家としては終わりますが、勲章は侯家の家章として続き、等級やバリエーションを増やしていきました。他のドイツ諸国の勲章と同じく、軍事関係の功労者には交差した剣があしらわれた勲章が授与されました。

なお、1851年には、プロイセンでもよく似た名前とデザインの家章( Koeiglicher Hausorden von Hohenzollern / Royal House Order of Hohenzollern )が制定されました。

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 バイエルンの紋章[返信]
[1] 生姜[PC]  2009/07/19(日) 13:54   [削除]
 Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 7.0; Windows NT 5.1; .NET CLR 1.0.3705; .NET CLR 1.1.4322; IEMB3; .NET CLR 2.0.50727; IEMB3)
 はじめまして
いきなりですが質問よろしいでしょうか。

うちにバイエルンの紋章のバッジがあったのですが,
盾の形で,十字に四等分されていて,
左上がバイエルン,右上がプファルツ,左下がヴュルテンベルクで,右下が赤と白のギザギザです。
これはいつの時代のバイエルンの紋章でしょうか
[3] 生姜[PC]  2009/07/24(金) 20:40   [削除]
 Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 5.1; Trident/4.0; .NET CLR 1.0.3705; .NET CLR 1.1.4322; IEMB3; .NET CLR 2.0.50727; YJSG3)
 これです!!
全くこれです。
本当にありがとうございます。


ヨーロッパって入り組んでて本当に面白いですね。僕は特にドイツが好きです。
 [2] これでしょうか?
みかと@管理人[PC]  2009/07/20(月) 16:39   [削除]
 Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.17; Mac_PowerPC)
こんにちは。
書き込みありがとうございます。

お問い合わせの、ヴュルテンベルクが入ったものって、ちょっと思い当たらないです。バイエルン州内の自治体の紋章か、会社のマークかも。

…と書いてきて、ヴュルテンベルクとは、バーデン=ヴュルテンベルクの州章のことかなと思い、シュヴァーベンの紋章が組まれているもので探しました。
よく似たのがあったので描いてみましたけど、これでしょうか?

ヴァイマール共和国時代のバイエルン州章で、バイエルン、プファルツ、シュタウフェン(シュヴァーベン)、フランケンという構成です。シュヴァーベンの紋章が改変されてライオンが半身になっているのは、かつてのシュヴァーベン公領の一部がバイエルン州に編入されていることを説明してるそうです。
この州章は第三帝国時代に廃止されたので、使用期間は約10年だったそうです。

この紋章でなくて、ヴュルテンベルクは本来の鹿角でしょうか?

 オーバーミュンスター女子修道院の紋章について[返信]
[1] みかと@管理人[PC]  2009/07/20(月) 16:38   [削除]
 Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.17; Mac_PowerPC)
オーバーミュンスターはドイツのレーゲンスブルク市内にあった女子修道院で、同市内にあったニーダーミュンスター女子修道院と共に神聖ローマ帝国の聖職諸侯の身分を持っていました。

その女子修道院の紋章を探していたところ、二種類が見つかりました。左のカラスの紋章は、18世紀の紋章図鑑にニーダーミュンスターの紋章と同じページに描かれていて、また別の紋章集にもオーバーミュンスターとして載っています。右のユリの紋章もやはりオーバーミュンスターと説明されていて、ドイツ版ウィキペディアではこちらが掲載されています。

途中で紋章が変更されたのか、それとも、単に私が勘違いしてるのか…。ただいま情報探し中です。

 歴史フリークスグループ閉鎖のお知らせ[返信]
[1] 壊死[PC]  2009/06/10(水) 17:28   [削除]
 Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 7.0; Windows NT 6.0; GTB6; SLCC1; .NET CLR 2.0.50727; Media Center PC 5.0; .NET CLR 1.1.4322; .NET CLR 3.0.30618; .NET CLR 3.5.30729)
 こちらにリンクして頂いてる歴史フリークスグループです。
はじめまして。閉鎖の後始末を担当します壊死と申します。
当サイトは本年8月30日に閉鎖します。
再開予定は未定です。
これまでリンクを続けていただきありがとうございました。
再開の際にはまたよろしくお願いします。

なお当サイトの掲示板、動画ページ閉鎖予定は未定です。
 [2] RE: 歴史フリークスグループ閉鎖のお知らせ
みかと@管理人[PC]  2009/06/12(金) 21:03   [削除]
 Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.17; Mac_PowerPC)
 御連絡ありがとうございます。これまでいろいろとお世話になりました。
閉鎖されるのはさびしいですが、一日も早い再開を祈念いたします。

団長様、サッポーさん、皆々様にもよろしくお伝えくださいませ。

 どうして舌を出しているの?[返信]
[1] ハッピー[PC]  2009/05/28(木) 22:55   [削除]
 Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 5.1; en-US) AppleWebKit/530.5 (KHTML, like Gecko) Chrome/2.0.172.28 Safari/530.5
 こちらへは、エンブレムのデザインを調べているうちにたどりつきました。早速ですが質問があります。エンブレムに描かれるライオンなどの動物は、どうして舌を出しているのでしょう?いろいろ調べてみたのですが、どうしても理由が分からないので教えて下さい。よろしくお願いします。
[5] みかと@管理人[PC]  2009/06/12(金) 21:02   [削除]
 Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.17; Mac_PowerPC)
 禁止ワードの見直しをいたしました。書き込めなくてご不便をおかけしました。
 [4] HP拝見しました
みかと@管理人[PC]  2009/06/04(木) 23:33   [削除]
 Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.17; Mac_PowerPC)
 こんばんは。
やはり、異文化の物は、根本の部分が理解できてないと謎だらけですよね。紋章で動物に舌を描くことや、ライオンがどうしてあんな姿勢で描かれるかなど、とりあえず約束事として覚えておいて、悩まないのがよいかも知れません(^^;

それと、HPを拝見いたしました。
なるほど、サッカーチームのエンブレムなのですね。サッカーのクラブチームは紋章風のマークを使っているところが多いですし、とてもあっていると思います。
特に、サッカーボールを踏んだグリフォンの盾持ちのバージョンがすごくよいですね。

ただ、紋章風アレンジとはいえ、紋章のフォーマットを踏襲しておりますから、下記の点を修正されればもっとよくなると思います。

1)モットーを盾の上に重ねると、モットーが主役になってしまいます。主役の盾地は全体が見えるようにすべきです。あと、巻物が白と黒の二色になっているので、一色にすればより自然です。
2)「EST-1893」というロゴが盾地の中だったり下だったりするので、統一されるとよいです。盾の下に書くのが意味からしてもよろしいかと思います。
3)冠はない方がいいかも。あえて付け足すならば「王冠」にしましょう。使われている冠は「侯爵冠」で、中級の貴族用です。すごく意地の悪い見方をしますと、王者の冠を使わないこのチームは「優勝は絶対できないから、せめて入賞を目標にしよう」という志の低いチームなんだと読めてしまいます。
4)盾持ちもサッカーボールを踏んでるのといないものがあるので統一した方がよいです。色もチームカラーで塗ってもおもしろいと思います。

などと、きつい突っ込みをしてしまいました(汗

個人的には、サッカーボールを踏んでいるグリフォンのものがすごくいいです。盾持ちを片側だけにしていて、躍動感というか、サッカーの持つスピード感が感じられますし、かっこいいです。
個人的には、盾地のみのマークの下に「EST-1893」のロゴを組み込んだものと、片側だけに盾持ちを置いたバージョン(「EST-1893」を盾の下に移動させます)の二つで通すのがいいかな思いました。

それでは、またお越しくださいませ。
[3] ハッピー[PC]  2009/06/02(火) 00:02   [削除]
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 質問にお答えいただき、ありがとうございました。こちらの管理人さんならご存じかと思いましたが、まあ、世の中、分からないことがあるから楽しいのであって、ライオンの舌も興味深い謎の一つとしておきます。最後に書いてあった「火を吐くライオン」ですが、私も見たことがあります。ただし、後世の人がデザインしたものかもしれませんが・・・ちなみに紋章学をちょっぴり参考にしながら作ったエンブレムがあります。参考にしたと言うよりは見よう見まねという感じで、ルールもなにもあったものではありませんが、よろしければご覧になって下さい。
ttp://motomiya11.web.fc2.com/emblem/emblem.html

 [2] 舌のこと
みかと@管理人[PC]  2009/05/30(土) 18:16   [削除]
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 こんにちは。書き込みありがとうございます。
エンブレムと書かれてますが、エンブレムではなく紋章の事だと思うので、紋章図形についてお話ししますね。

どうして舌を描くのか、私も知らないんです。ライオンをはじめ、獣や鳥の図形の多くに舌が描かれていますよね。

ライオンの場合、舌は爪と同じ色で描かれる場合が多く、爪はたいていの場合、胴体とは異なる色で描かれます(イギリスの場合です)。ので、舌を描くのは紋章作画上のルールみたいなもの、ととりあえず考えてみてはいかがでしょう?

紋章では、たとえば同じ赤いライオンでも爪や舌の色が異なれば、違う紋章と見なされますし、また、盾地と同系統の色、例えば、金属色の盾地に金属色のライオンを描けば彩色違反になりますが、爪や舌を別系統の色に塗れば違反にならない、というかなり強引な言い訳(?)にも利用されています。ですから、紋章のバリエーションを増やす要素のような気がします。

けれども、単なる付属物というわけではなく、ライオンの牙や爪、牛や鹿の角、鳥の嘴や爪など、動物たちが狩りや身を守る時に使う部位は特に注目されて描かれていて、紋章学でも項目分けされています。舌もそこに付属する扱いだったような…(うろ覚えです/汗)

あと、古い紋章では、舌ではなく炎を吐いているライオンもあるそうです。となれば、もともとは舌ではなかったか、何か意味があったのかもしれないですね。

 ロンバルド=ヴェネト王冠[返信]
[1] みかと@管理人[PC]  2007/11/29(木) 18:15   [削除]
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紋章冠を追加でいくつか描いていまして、そのうちのひとつです。縮小したら細部がわかりづらくなったので、大きなサイズのものを。
1814年から1860年まで北イタリアにあった、ロンバルド=ヴェネト王国の冠です。ミラノ近郊に保管されていたカール大帝の鉄冠をかたどっているそうです。中世の冠だけにシンプルなデザインです。紋章図ではわりとあっさり目に描かれてたりしますが、それではフランスの騎士冠にも見えてしまうので、装飾を描き込みました。実物は見てませんが、丁寧に描き込まれた紋章図があったので、こんな雰囲気的だろうと思います。
 [4] オランダの紋章冠
みかと@管理人[PC]  2009/05/22(金) 23:33   [削除]
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 今回の更新で追加したオランダの紋章冠のことなのですが、諸州の冠についてはルールがよくわからず、まとめられませんでした。
オランダの諸州の前身は、共和国時代の諸州です。共和国諸州は神聖ローマ帝国の領邦が前身で、冠はドイツ系の冠がそのまま使われていました。現在の諸州の紋章でも、それらの冠が描かれています。
ところが、州ならば同じ冠が描かれるかと思ったらそうでもないようで、公の冠が描かれる州や伯の冠を使っている州など、ばらばらでした。どうも、州の前身が伯領なのか公国なのかで違って来るように思えたのです。

幸運なことに、当サイトを気に入ってくれているオランダの方がおりまして、その彼に上のことを質問してみました。
すると「現行の冠の制度は1817年に定められ、貴族が対象です。諸州の紋章は、王国ができるずっと以前の神聖ローマ帝国時代の紋章を使い続けているので、冠もその時代のものが使われています」とのことでした。で、神聖ローマ帝国時代に公国だった州は公爵冠を、伯領だった州は伯爵冠を使い続けているとか。ただし、北ホラント州のように19世紀になって新設された州やいくつかの州については、帝国時代の爵位とは異なる冠が使われていて、それらの理由も教えていただきました。
冠の由来を聞くと、特に16世紀、カール5世からオランダ独立にかけての時代の事情が反映されていることがよくわかり、オランダへの理解もほんの少し、深まった気がします。

また、伯の冠も、ドイツと同様、葉花冠のタイプとベネルクス地方でよく見られる台座に直接真珠飾りがついたタイプが併用されていたそうです。現在の州章や建物のレリーフ、コインなどでは葉花冠タイプが多く、紋章図鑑や絵画では真珠タイプが多くて、使い分けに理由があるのだろうかと悩んでました。併用ならば描き分けに神経質にならなくてもよさそうです。
 [3] イタリア王族の冠
みかと@管理人[PC]  2009/04/08(水) 22:52   [削除]
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イタリアの紋章サイトを眺めていて気になったことがありまして。
向かって左が、サヴォイア=アオスタ公家、向かって右がサヴォイア=ジェノヴァ公家の冠という説明がついていました。

サヴォイア=アオスタ公家は、初代統一イタリア王ヴィットリオ・エマヌエレ2世の次男アメデオ・フェルディナンド・マリアに始まる家系で、サヴォイア=ジェノヴァ公家はヴィットリオ・エマヌエレ2世の弟フェルディナンド・マリア・アルベルトに始まります。
冠は、イタリア王冠からアーチの本数を減らしたもので、ジェノヴァ公のものはオープンタイプの冠です。

ところが、です。
実際の紋章図を見ますと、アオスタ家もジェノヴァ家も、向かって左のクローズドタイプの冠が描かれていて、ジェノヴァ家はオープンタイプの冠を使っていないのです。
このオープンタイプの冠がどこから出てきたのか、イタリア王国の紋章制度をよく知らないので謎なのです。
アオスタ家には分家もあるし、そちらの冠かも知れません。
どなたか、ご教示くださると嬉しいです。
 [2] アルトア伯の冠
みかと@管理人[PC]  2007/11/29(木) 18:17   [削除]
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フランス王ルイ16世が作らせたアルトア伯領のメダルです。紋章盾の上に、独特のデザインの冠が描かれているので、模写してみました。
冠の中央と左右の飾りが百合の花で、その間に真珠の飾り突起が3つずつあります。伯の冠の中央と左右の真珠を、百合花に置き換えた格好です。
百合花の冠飾りは、フランスでは王族を表しますから、伯の地位にある王族を表現しているようです。アルトア伯領は国王親族封(王族が統治し、その家系が絶えた場合、王室領に戻される領地)でした。

ところが、です。このデザインの冠って、ここに挙げたメダル以外に見てないんですよねぇ…。紋章制度上は認められてないイレギュラーなデザインの冠なのでしょうか。


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