| | レスなかなかできておらずすみませんでした。俵万智さんの『考える短歌』お読みになったのですね。
> こういうのが応用できるようなかたは、既にかなりのレベル
まぁ、白状すれば、私も歌歴15年以上になってしまいましたが、まだ応用できているとは言い難いです(困ったもんだ!)。この本に書かれているようなポイントはどちらかと言えば、本を覚えるというよりはむしろ、結社の歌会に出て歌評させられたり厳しい歌評を受けたり、他の歌評を聴いている内に体で会得−−文字どおり体得−−するのが一番なようです。
でもそのためには、キチンとした歌評のできるリーダーや先輩歌人がいるところでないと、勉強にならないと思います(ハッキリ言ってベテラン層の歌評力が弱い結社...というのもあり、そーゆー所では新人は育ちません)。
また、こーゆーものは「生もの」のようなもので常に磨いておかないと鮮度が落ちるようであり、最近歌会をさぼっている内に正直なところ私は、この手の力が落ちているのを実感しております。ピアノの練習は1日さぼれば3日落ちると言いますが、同じようなものなのでしょう。白状すれば、いま私は歌評力が最盛時よりも落ちており、それに伴い歌力自体も低下している旨を認めざるを得ません。改めて歌道鍛錬を行わなければ・・・と思う今日この頃です。
ただハッキリ言えることは、短歌では歌評の力と歌の力との間には正の相関関係があることであり、他ジャンルとは異なり「自分はできない評論家」は何故か見かけることが滅多にないということです。恐らくは、キチンとした歌評力があれば自歌の自己チェックができるためではないでしょうか。
まぁ、もっとも、短歌は「自分は詠まない読者」が珍しいジャンルであることも原因なのかも知れませんが、「詠まない人にも読んで貰える文学の仲間入り」というのが私が目指す短歌革新の外形的な有り様の一つなので、このような状況はなんとかせねば!、と考えております。
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